レポート:未来のモビリティへ向けた動き


未来のモビリティへ向けたデータ基盤とサービスプラットフォーム

 自動運転やIoT、AIなどの技術進化により、自動車・モビリティ業界は今、産業構造を大きく変えるような進化の波にさらされている。なかでも今後、車にまつわるデータ基盤をどうつくるか、サービス提供のプラットフォームをどう築くかは、今後のユーザーサービスのあり方や産業の行方を左右する。そこにはまだセキュリティやプライバシー、誰がデータを管理するか、といった様々な難しい課題も横たわっている。

 一方で、それら課題を解決した先には新しいモビリティの未来が広がっているのも事実だ。それぞれの立場で、こうした課題解決と新たなビジネス構築に尽力する総務省の中村裕治氏とディー・エヌ・エー(DeNA)の中島宏氏に現在の取り組みや考えを聞いた。

2017/8/7 

友成 匡秀
※2017年6月に取材。中村氏と中島氏の 詳細インタビューも掲載

 

 内閣官房IT総合戦略室は、5月に発表した「官民ITS構想・ロードマップ 2017」で今後10~20年に起こるであろう変化を「非連続的で破壊的なイノベーション」という表現で予測した。強い言葉は、変化への危機感の表れとも取れる。つまり、これまで購入者が自分で運転することを前提に車を量販してきたスタンダートなビジネスモデルが、IoTやビッグデータ、AIなど技術変化、車の自動化の進展で変容し、多様な事業者が移動に関するサービスを提供するといった形になると予測する。車両に付随していた重要な付加価値は、移動サービスへと移行する。こうした移行が課題を抱えたままなされると、日本の屋台骨となっている自動車・交通産業が危機にさらされてしまう。

 なかでも特に注目されるのは、データの重要性に対する新たな認識だ。 「自動運転システムは、今後益々データ駆動型になり、そのコア技術は、従来の車両技術から、人工知能(AI)を含むソフトウェア技術とそれを支えるデータ基盤(プラットフォーム)に移行していくとともに、そのデータ基盤の一部としての、ダイナミック・マップ、走行映像データベース等やそれらを保存・処理・提供等をするためのクラウド・サービス等の役割が重要になっていく」(官民ITS構想・ロードマップ2017より)。 こうしたデータ基盤をどう築き、運用するかは、今後の日本の産業の行方を左右するともいえる。

新しい価値観を生み出していくデータ

総務省総合通信基盤局移動通信課新世代移動通信システム推進室長の中村裕治氏

 総務省では、こうした官民ITS構想・ロードマップの認識と軌を一にして、昨年末から「Connected Car社会の実現に向けた研究会」を設置し、自動車メーカーをはじめ、保険や観光、鉄道、スマートシティなど多様な分野で活躍する人たちとともに、新たな社会像や課題抽出、推進方策などを議論している。質の高いデータの保存・利活用、運用体制の整備については主要な議論の一つだ。

 総務省総合通信基盤局移動通信課新世代移動通信システム推進室長で、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)自動走行システム推進委員会の構成員も務める中村裕治氏は、データ活用の重要性を強調する。「コネクティッドカー・自動運転社会というものを実現していくにあたって、データ活用のあり方は間違いなくキーになる。その時に、我々が考えないといけないのは、データを多くの企業・人で共有して新しいビジネス・価値観を生み出していくための環境や関係づくり。それをどう国としてサポートできるか。データの蓄積のあり方、セキュリティの問題、そのデータを使う上での情報流通のためのネットワークの確保なども政府としては重要な課題と捉えている」

IoTのフロントランナーはモビリティ

 さらに、総務省では現在、次世代通信である第5世代移動通信システム(5G)の実証実験にも注力している。高度な自動運転に必要なデータ基盤とクラウドサービスは、十分な通信インフラなくしてはうまく機能しない。コネクティビティは自動運転のベースとなるだけでなく、今後の新たなモビリティビジネスを生み出す上でも重要になってくる。折しも、世界では5Gの実証実験が世界各地で進み、次世代通信の標準化へ向けた動きが激しい。昨年は5Gオートモーティブ・アソシエーション(5GAA)が立ち上がるなど、交通分野での動きも活発になっている。

 5月に公表した本年度の5G総合実証試験で、交通分野はトラックの隊列走行や車両の遠隔監視・操作など大きなウエートを占める。今回は、従来から進めてきた5Gの要素技術の実証だけではなく、新たな市場を生み出すことを企図して、具体的なサービスアイデアを踏まえつつ実証するのが特徴となっている。

 中村氏は「IoTが普及する上で、フロントランナーは交通の世界になってくると感じている。今回、総務省が旗を振る5G総合実証試験の中でも、特に交通分野には力を入れて進めている。国内外で盛り上がってきた通信と車の業界連携は我々もぜひ後押ししていきたい。今回の実証では主に、5Gで生活や社会がどう変わっていくのか、それを実感していただけるようにサービスやアプリケーション面にフォーカスを当てて東京及び地方でトライアルを進めていく」という。

セキュリティ、プライバシーの課題解決へ

 ただ、車と通信の連携、つながる車がプローブや地図、公共の交通データ、車の中のセンサーデータなど多くのデータを通信でやり取りするようになることには、セキュリティやプライバシーの問題が付きまとう。さらにユーザーデータを使う上では自動運転の受容性の問題もある。

 中村氏によると、課題は大きく三つに分けられる。一つ目はサイバーアタックなどへの対処、二つ目はデータの出所も含めてデータそのものが信用できるかどうかといった、データの真正性の問題。三つ目は、いわゆるプライバシーの問題。ドライバーのプライバシーが保護されるのかどうかは、セキュリティの問題としても捉えられる。こうした問題とともに自動運転の受容性の問題は関連省庁とも連携をしながら、議論を深めているところだ。

 「政府全体で戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で取り組みを進めている。今年秋から公道での自動運転の実証実験を進めるという大きな計画を立てているが、その中の重要課題の一つとして、セキュリティの問題が挙げられている。関係する省庁、官民が連携して、どういった脅威があるか、どのような解決策が考えられるのか、といった議論を深めていく予定。例えば、営利目的でのいわゆるランサムウェアのようなもの、人に危害を加えるテロ的なもの、あるいは愉快犯的なものなど、いろいろな要素が考えられ、そうした点を広く分析しなければならない」

「人間同士のコネクテッド」

Connected Car社会実現ロードマップ(Connected Car社会の実現に向けた研究会より、総務省提供)

 様々な難しい問題はあるものの、新たな技術が生み出す世界に、中村氏は大きな期待を寄せている。特に、高齢化やドライバー不足などは、技術発展が解決に貢献できる社会的課題だ。

 「地方では高齢化が進み、運転手が足りなくなっているという深刻な問題がある。自うると思うし、車のコネクティッド化が進むことで、高齢者の方もシェアリングのような仕組みを簡単に使えるようになっていくかと思う。また、高齢者の方々による運転の事故も社会課題だが、車のセンサーやカメラを活用し、適切なタイミングで警告を送るといった形の運転サポートも可能になる。そうした意味で、車が通信できるようになれば社会の課題解決に大きな貢献ができる」

 そうした世界を生み出すためにこれから求められる取り組みについて、中村氏はモノではなく人の“つながり”という部分を強調した。ユーザーとサービス提供者とのつながり、事業者同士のつながり、そこに国も参加し、一緒になって新しいモビリティのアイデアを考えていく、というイメージをえがく。

 「人間同士のコネクティッドということも、非常に重要になってくる。新しいサービスやアプリケーションは、ユーザーや実際の利用者から出てくるアイデアの方が面白く、普及していく可能性の高いものだと思う。ユーザーの方々、業界の方々とのつながり、インタラクションの中で、いろいろなアイデアをいただきつつ、それに対してどのようなソリューションがありうるかを今度は国のほうが考えていく、そうしたつながりの中で新しいビジネス、新しい社会構築につなげていければと思う」

社会課題へのビジネス・アプローチ

DeNA 執行役員 オートモーティブ事業部長の中島宏氏

 一方、中村氏も指摘したような高齢化・ドライバー不足といった社会的な課題を、自動運転技術やコネクティビティを活用して解決することで、新しいビジネスにつなげていこうという動きもある。伝統的な自動車産業の外から参入した、インターネット企業のディー・エヌ・エー(DeNA)は、その一つだ。最近になって自動運転やロボットシャトル、ロボネコヤマトなどモビリティ分野で独自色の強い事業を次々と打ち出している。それぞれの事業は社会的な課題に対するアプローチするという色合いが強く出ている。

 ドライバー不足の課題解決のため、物流のラストワンマイル領域を自動化を見据えて効率化するというヤマト運輸とのロボネコヤマトの取り組みは、藤沢市で実サービスを4月に開始した。同時期に物流業界の人手不足問題がクローズアップされたこともあって国内ニュースでは大きく報道され、注目を集めた。

 DeNA執行役員でオートモーティブ事業部長を務める中島宏氏は「ちょうど物流業界の構造的な問題がニュースで取り上げられるタイミングと発表のタイミングが重なったため大きく注目していただいた。もとより業界の構造的な課題に対する解決策になるように進めていたということもある。まだオペレーションを磨き込む段階で、大きくプロモーションを仕掛けていないが、リピート率も多く、想定していたニーズも確認でき、両社ともポジティブに受け止めている」という。

 1月に発表した日産自動車とのパートナーシップもまだ詳細は話せないとはしつつも「広い意味では労働力不足という課題」へのアプローチだと話す。

 「例えば、どのタクシー会社の経営者とお話しても、経営課題はドライバー不足と回答される。需要はあるが、ドライバー供給が追いつかない。今後、ドライバーの高齢化が進んでいくと、10年後のサービス維持が困難になる。その部分を少しでも技術で支えることができれば次代の交通産業を助けていける。それが大きな意義と考えている」

 労働力不足にあえいでいる領域は、技術の発展によって大きな変革を成し遂げられるチャンスがある、というのが中島氏の考えだ。こうしたアプローチが、モビリティにおける大きなビジネス変革を促す可能性は大いにある。DeNAではこれ以外にも中・長距離のトラックや倉庫管理を含めた広い意味での物流業も将来ビジネスとして視野に入れているという。

新たな交通サービス・プラットフォーム

 こうしたDeNAの各種事業のバックボーンにあるのが、モビリティ分野で新たな交通サービス・プラットフォームを創る、という同社のチャレンジだ。

DeNAのえがくサービスプラットフォーム・レイヤーのイメージ (図・DeNA提供)

 DeNAでは、モビリティ業界に起こっている変革を、インターネットやモバイルで起こった変革になぞらえて見ている。従来はモバイルの世界でも携帯電話というハードウェアの上に通話やインターネットといったサービスが載っていた。それがスマートフォンになり、ハードウェアがよりコネクテッドされてくるようになると、App Storeのようなプラットフォーム・レイヤーがハードウェアとサービスの間に生まれてきた。モビリティの世界でも、車というハードウェアと各種移動サービスの間に、こうしたサービスプラットフォーム・レイヤーが生まれてくるというのがDeNAが見ている市場風景だ。

 「サービス・プラットフォームは、そのあり方にもよるが業界ヒエラルキーを変えるような大きな構造変化を引き起こす可能性を秘めている。それを破壊的に引き起こしていくこともできるし、各レイヤーの企業と密接に連携をしながら業界全体を引き上げていくような動きもできる。DeNAはモビリティ業界では何もアセットを持っていない、持たざる者。自分達が持っているノウハウだとか人材だとか経験を生かしながら各プレーヤーと密接に連携することで業界全体を引き上げていく、というアプローチをしたい。共存共栄モデルをいかに作り上げるのか、という視点で取り組んでいる」

 そこにはインターネット企業として、モバイルの世界でAppleやGoogleといった他国企業にプラットフォームを奪われたという悔恨もあるように見える。中島氏はこう強調する。「日本は狭い島国の中に、世界に名だたる自動車メーカーが何社もあり、インターネットのプレーヤーもいて、通信キャリアも世界最先端の技術を持っている。例えば、タクシーの業界も台数ベースで言うと世界で5番目くらいに規模が大きい。日本は世界戦を戦っていけるだけの環境が整っている」

利害調整を丁寧にやる

 サービス・プラットフォーム構築において、DeNAが自らの強みと捉えるのは、これまでインターネットの世界で、レイヤーの違いやレイヤー内の企業ごとのシェアを乗り越え、利害調整しながらビジネスを成立させてきたというノウハウだ。

 DeNAが企図する交通サービス・プラットフォームは、国が考えている自動運転のためのデータ基盤とは少し性質が異なり、サービス提供のためのプラットフォームだが、機能するためにはそこに多くの企業が持つ貴重なデータを載せていく必要は出てくる。企業によっては心理的な抵抗も予想されるが、中島氏は、それこそが調整力の腕の見せ所だという。

 「例えばEコマースのプラットフォームにおいて、ショップを出店する店舗さんが持っている顧客リストは『店舗さんのものだ』という考え方もあるし、『それはモール側のものだ』という考え方もある。『いや、お買い物してる個人の、お客様のものだ』という考え方もある。それぞれ、大事にするポイントが違うので、各ステークホルダーが何を守りたくて、何だったら明け渡せるのかというところでは、それこそ針の穴を通すような着地ポイントが絶対にある。それはプラットフォーマーが利害関係を調整しきれるかどうかにかかっている。車の領域なら、CANデータや車載の深い所のデータになればなるほど、自動車メーカーは『絶対に虎の子だ』と思っていらっしゃるはず。逆に、旅客運営事業者や物流事業者にとっては交通ビッグデータや顧客データに関しては自分達のものだと思っていらっしゃるところがある。そこを、間に入るプラットフォーマーがうまく利害関係を調整して、ユーザーに満足な体験を提供するためにお互いが持ち寄れるものと、お互いが守らないといけないものの調整を仕切ることが大事だと思う。ステークホルダーの立場に立って物事を理解すれば、十分に着地ポイントはあると思っているので、それを丁寧にやる、それに尽きる」

変化へのカギは共通のビジョン

 中島氏に10年後20年後に築きたいモビリティ社会のビジョンについて尋ねると、「あらゆる人とあらゆる物が安全でストレスなく移動できる、というのが目指すべき理想の姿。もっと移動が快適になっていく世界を実現したい」と答えた。

 イメージしているのは、移動を快適にスムーズにするために、車とIoTが深く関わり、これまでは違う産業と定義されていた領域の垣根がなくなっていくような社会ともいえる。実際に、現在はインターネット産業と自動車の製造業の垣根が取れ、タクシーや物流のように別の産業と捉えていたものも垣根が壊れていくという状況にあるといえる。

 このような状況で、中島氏が価値を置くのが異業種連携と、それとともに共通のビジョンを置くことだ。それは総務省の中村氏も言う、人間同士のコネクテッドにも、どこか通じているようにも感じられた。

 「より密接なパートナーシップを結べるかどうかが重要になってくる。役割分担とか、レベニューシェア率とか、そういったものは後から決めればいい。こういったことを2020年実現したいとか、2030年にはこういう世の中にしたい、みたいなビジョンを共有化することがパートナーシップにおいては極めて重要。『同じ夢を一緒に描きましょう』みたいなところから産業の垣根を越える大きなチャンスが生まれてくる」

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