第1回次世代ビークルサミット 後編 ―UXとサービス開発の行方―


次世代のクルマの進化と新たな価値をテーマに、さまざまな議論が交わされた第1回ReVision次世代ビークルサミット(2021年10月6日、7日、東京・ベルサール九段ホール)。2日目はつながる車だからこそ可能なサービスや価値を探るとともに保険などのパーソナルな領域にも踏み込む内容となった。

Date:2021/12/30
Text:サイエンスデザイン 林愛子

 

 

Section 4: “デジタル技術で生み出すユーザーの新しいビークル体験”

2日目の全体テーマはユーザーエクスペリエンス(UX)。サービスやシステムとの出合いから始まる一連の体験をどう創造するかは、今後、各社の主要な競争領域になる。開発においてはユーザーを中心に据えてサービスやシステムを考えることがカギだ。特にユーザー自身が気づいていなかった潜在的なニーズが満たされれば満足度は大いに高まるし、その感動体験を周囲にも伝えてくれるだろう。

しかし、その反対の結末を招くこともある。カーナビは自動車メーカーとカーナビメーカーがより良いドライビング体験のために進化させてきたもので、ユーザーには便利なツールだが、あるところからスマホのナビゲーションシステムを併用あるいはスマホをメインに使用するユーザーが増えた。理由のひとつは情報の鮮度。スマホのナビはカーナビと違って随時ソフトウェアをアップデートする。ユーザーは専用品ながら情報が古びて使い勝手が悪くなった地図よりも、汎用品ながら常に情報が新しく、日常的に見慣れている地図を選んだというわけだ。

自動車開発においてソフトウェアの重要性が高まっている今、SBD Automotive ジャパンの大塚真大氏は「OEMがCX(カスタマーエクスペリエンス)のトランスフォーメーションに力を入れているなかで、基本的なユーザービリティやUXが見落とされていないかが懸念されます。これを防ぐには第三者機関やサプライヤを交えた検証、ユーザーニーズの把握、新しい技術の導入が必要」だと訴えた。

 

UXに関する多様なアプローチが紹介された2日目午前セッション。SUBARUの佐々木氏は
「いつもと違う道」を案内するアプリSUBAROAD開発の背景などを紹介した

 

また、ユーザーとシステムのインターフェース(接点)は多様化している。なかでもApple社のSiriやAmazon社のAlexaのような音声アシスタントは普及が加速し、自動車にもさまざまな形で音声認識システムが搭載されている。

音声認識エンジン等の技術を有するCerence Japanでは人工知能を活用し、「そこ、それ」といった曖昧な指示語でも推論できるシステムの開発に取り組む。また、ユーザーからの「エンパイアステートビルの高さは?」といった音声での質問に対して検索結果を表示するのではなく、コンテンツ情報を有する事業者と連携することで、ユーザーの質問に音声で応えるようなシステムも開発。システムと会話しながらドライブするようなUX体験の実現を目指す。

同社の石川泰氏によれば「ユーザーの体験することが新たに蓄積されたビジネスインテリジェンスとなってサービスを良くするし、使われれば使われるほど、つまりユーザーにとって使いやすいことが価値をさらに向上」させていく。つまり、UX起点による質向上のエコシステムが成り立ち得るということだ。実現までにさまざまなハードルがあるものの、開発環境のクラウド化や機械学習等の進展によって、1から10までを緻密に作り上げる以外の選択肢が増えている。その新たな世界観においてUXは欠かせないキーワードと言えそうだ。

その他の講演でも、コンチネンタル・オートモーティブの青木英也氏は「UXはゲームチェンジャー」と話し、ハイパフォーマンス車載コンピュータの重要性を強調。SUBARUの佐々木礼氏は、新しいアプリ「SUBAROAD」で、わざと通常のナビから外れた道をドライブする楽しみを創造していることを紹介した。また、パーコペディアジャパンの石橋知彦氏は、駐車場検索や支払いにおけるシンプルな英国発ソリューションを紹介するなど、UXに関する多彩なアプローチが垣間見えるセクションだった。

 

講演の合間、ランチやコーヒーブレイクの時間には来場者同士や登壇者が交流する姿も多くあった


Section 5: “これからのコネクテッド&パーソナライズド・サービスの行方“

Cerenceの例のように、ユーザーが使いながら製品・サービスを進化させていくとなれば、コネクテッドかつクラウドの利用が大前提であり、そこには情報セキュリティの問題がつきまとう。西村あさひ法律事務所の弁護士である松村英寿氏は「個人情報保護法を遵守していても、プライバシーの観点から炎上するリスクがあり、その対象範囲はどんどん拡大傾向」にあると指摘した。

「重要なことは個人のコントローラビリティと、事業者のガバナンス体制の確保です。コントローラビリティとは自分の個人情報がどのように収集され、どう使われるかということ。個人情報保護法では個人情報を『特定の個人を識別できること』としているので、機器の稼働情報や位置情報だけならば該当しませんが、特定の個人に紐づくと個人情報に該当します。また、位置情報のなかでも連続した移動経路や滞留データを積み重ねると、自宅や職場が特定できる可能性がありますから、そのあたりは注意が必要です」(松村氏)

些細な事象でも炎上しやすい現代社会、データの利活用において慎重さは重要だが、リスクを恐れ過ぎていてはビジネスの芽を摘むことになってしまう。個人情報に紐づくデータの利活用やパーソナライズド・サービスを提供していくためには、社会あるいは個人が受容し得る安全・安心な方法を模索していくほかない。

こうしたなかで、大日本印刷ではスマホを使って自動車や自宅のカギなどを施錠・開錠を行えるデジタルキープラットフォームを提案。デジタルキーの盗難対策として暗号化技術を用いているほか、使用状況のログを残せるため、カーシェアリングやシェアハウスのように複数名で利用する場面にも適しているという。

 

SOMPO未来研究所の新添氏は損保ジャパン提供の安全運転支援サービスや
UBI(Usage Based Insurance)、MaaS事業の取組みなどを紹介した

 

また、SOMPO未来研究所の新添麻衣氏は損保ジャパン提供の安全運転支援サービス「Driving!」を紹介した。基本的にはドライビングレコーダーなのだが、端末本体に音声通話機能とWi-Fi通信機能が備わり、いざとなればオペレーターとつなぐことができる。保険会社は膨大な個人情報を扱うことから、伝統的にガバナンス体制強化への意識が高い。社会や個人の受容性を高めるために学ぶべき点は少なくないだろう。

コネクテッドカー向けの各種サービスを提供するコグニザントジャパンでも、今後進化する自動車において顧客体験のパーソナライズ化が重要だと考えている。ただし、パーソナライズと、従来型の効率化とは必ずしも相性が良くはない。個の尊重と事業性をどうバランスさせていくべきか、どの企業も試行錯誤を重ねているとみてよさそうだ。

 

Section 6: “データ活用へ向けた仕組みづくり”

数年前から注目されてきた新技術にブロックチェーンがある。平成30年版情報通信白書によれば「ブロックチェーン技術とは情報通信ネットワーク上にある端末同士を直接接続して、取引記録を暗号技術を用いて分散的に処理・記録するデータベースの一種」のことを言う。具体例ではビットコインが有名だが、ここへきて、さまざまな利活用の事例が急激に増えてきた。

自動車業界も例外ではない。モビリティ・オープン・ブロックチェーン・イニシアティブ(MOBI)理事である深尾三四郎氏はブロックチェーンを「目に見えない価値を可視化・インターネット化する」ものと解説し、MOBIでの議論を次のように一部紹介した。

「道路を走行した分だけ税金を支払う走行税は以前から議論に上っていますが、ブロックチェーンで実現できるのではと世界的に注目されています。これから電気自動車(EV)が増えればガソリン税収が減り、道路財源が細っていきますから、走行した分だけ徴税するシステムが必要になります。それが世界全体のモビリティビジネスの効率化になりますし、カーボンフットプリント(CO2排出履歴)も記録できるので、ICE(ガソリンエンジン搭載車)との税率調整のアプリケーションも可能になると期待されます」

ブロックチェーンは走行状況やCO2排出量のように、目に見えない情報でも信頼性・透明性高く追跡できることが大きな特徴の一つで、これを車載電池のトレーサビリティに活用することも可能だ。車載電池の使用状況や状態が見える化できれば、査定の適正化につながる。電池が適正に査定されれば、中古EVの適正評価につながり、中古市場の健全化も期待できそうだ。

 

「データを自動車業界の収益化にどう結び付けられるか」とのテーマで、中古EVや
バッテリーの価値評価などにも話題が及んだ最後のパネルディスカッション

 

2日間に及ぶモビリティサミットの最後を締めくくるのはパネルディスカッション「データを自動車業界の収益化にどう結び付けられるか」。技術の進歩によってデータの収集自体は容易になったが、集めたデータを収益に結び付けるとなると、格段にハードルが上がる。とりわけ自動車業界では“データは儲からない”との認識が根強い。しかし、深尾氏が紹介した走行税やカーボンフットプリントは経済そのもの。こういったところからデータ活用収益化の糸口がつかめるかもしれない。

SOMPO未来研究所の新添氏は、中古EVや中古バッテリーの価値評価は損害保険と深く関わることから、ブロックチェーンを活用した査定に関心を寄せた。「新車の場合は新車の販売価格に基づいて保険料が決まっていきますが、2年目、3年目と経過したEVの価値をどう判断すればいいのかが問題になってくると思います。また、さらに問題なのは対物賠償。もし事故を起こして、お相手のEVを破損して賠償しなければならないとなった場合、バッテリーの価値をきちんと認めて差し上げないと解決にならないだろうとの課題認識を持っています」

また、大日本印刷の大野毅氏は、バッテリーの評価は車載電池以外でも必要と指摘。「(エネファームなどの家庭用蓄電池をつなぐエネルギーグリッドについて、電力会社と話しているが)中古電池は充電のパラメータを誤ると炎上するリスクがあるそうで、グリッド化する場合には電池の状態を把握した上で適切なパラメータを送らなければなりません。(エネルギー関連システムは)サイバー攻撃の対象にもなり得ますから、なりすましや中間攻撃をされない仕組み、正しく認証して正しくパラメータを送るという、モノの認証と情報の認証の技術が今後確実に必要になってくると思います」

技術の進化でデータの収益化が容易になったとは全く思わない。しかし、収益化の糸口という希望の光は見えつつあるのではないだろうか。自動車業界に限らず、ユーザーは価値を認めれば対価を支払うもの。技術開発はやはりデータドリブンよりもユーザードリブンであるべきだろう。データ収益化はUXを探求した先に実る果実なのかもしれない。

 

ほかにもデンソーの金子由美氏は、交通安全やまちづくりへのドライブデータの活用、
市場と対話しながらプロダクトを開発するアジャイルの手法などを紹介した

 

◆次のイベント「第6回ReVisionモビリティサミット」は2022年3月2 -3日に開催します

第6回ReVisionモビリティサミット
2022年3月2日(水) -3日(木)
モビリティの未来像を見据え、ビジネス最適解を探る
― カーボンニュートラル、MaaSビジネス実装、商用車・社会システム変革 ―

 

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