変化するモビリティの中で、デジタルラジオの持つ可能性は何か


 自動運転・ADAS技術が進化し、自動車を含むモビリティ業界が変化にさらされる中で、これからデジタルラジオはどのような役割を果たしていくのか。本田技研(ホンダ)でコネクテッドカー黎明期から日本のテレマティクスサービスをリードし、現在は日本初のモビリティ向けデジタルラジオ放送局を運営するアマネク・テレマティクスデザインの代表取締役社長を務める今井武氏は、「車の中のカスタマージャーニーをどう作り上げるか」が重要になってきていると語る。なぜ今井氏がデジタルラジオにその可能性を見たのか、探った。

2017/9/10

友成 匡秀

 

 ホンダで、2002年にプローブデータを活用した、当時として画期的なテレマティクスサービス、インターナビを立ち上げた今井氏だが、最近は自動運転やコネクティビティが生み出す新しいモビリティの波、時代の流れを感じている。

 「車がコネクテッドになるということは、まさに普段の生活のモノが車の中で同じように使えるということ。今まで自動車メーカーがやってきたテレマティクスサービスは、いわゆる垂直統合型サービスで、これからはそういう時代ではなくなってくる、と感じる。これから何が大事かというと、テレマティクスのテクノロジー自体をどう進化させてくかという話ではなくて、サービスが重要になる。車の中でどういう体験を提供するか、どのようなカスタマージャーニーをどう創り上げ、それがドライバーや同乗者にどれほど素晴らしいものになるか、という観点が大事な時代になってくると思う」

音声とともにデータを送ることができるラジオ

 

アマネク・テレマティクスデザイン 代表取締役社長の今井武氏

 今井氏がアマネク・テレマティクスデザインを創業したのは、一つは災害時の体験に基づく安全・安心への寄与という理念があったためだが、もう一つにはこうした新たなカスタマー体験を創造・提供したいという思いがあったのは間違いない。創業後は、デジタルラジオの特徴を生かした新しいサービスを矢継ぎ早にリリースしている。

 アマネクが提供する「Amanekチャンネル」は、放送と通信を融合させた新しいマルチメディア放送プラットフォーム「i-dio(アイディオ)」上で運営され、2016年7月から本放送を始めた。地上アナログテレビ放送終了後に空いた周波数帯(VHF-Low帯)を使い、放送波を使ってデータをブロードキャストするIPデータキャスト技術を活用。音声だけでなくデータも同時に送ることができる点が大きな特徴だ。それも、GPSで把握した車の走行位置に合わせて、1kmメッシュ単位という非常に細かなセグメントでデータを送ることができる。

位置情報に基づいた気象警戒情報や逆走者対策

 こうした1kmメッシュ単位のデータ放送はさまざまな場面で有効だ。アマネクは日本気象協会と共同開発した気象オリジナルモニターを持つが、走行する車の向かう方向に大雨や強風、吹雪などの気象警戒予測情報があれば、走行中の車にテキストデータを送り、TTS(ロボット音声)で読み上げることができる。

 この技術は、逆走車対策としても活用可能で、逆走した車の位置情報を道路管理者からアマネクのサーバーに送ることで、逆走が発生している道路路線を走る車にTTSで一斉に警告を発することが可能。こちらは国土交通省と東日本・中日本・西日本高速道路株式会社(NEXCO)による本年度の実証実験テーマに選ばれてもいる。

 今井氏は「インフラとしてAmanekチャンネルは、東京タワーのような電波塔から出している放送波と、通信会社が扱っているインターネット通信の電波、この二つを使うことができる」と説明する。

輻輳(ふくそう)がないことが強み

 大きな強みは、携帯通信網を使った一般的なコネクテッドカーサービスと異なり、放送波を使うことで、災害時でも情報を届けやすいことだ。携帯通信網では、大地震など災害発生時にネットワーク上で多量のトラフィックが発生し、通信が困難な輻輳(ふくそう)が発生してしまうことが多い。もともと今井氏には、2011年の東日本大震災時に通信を使ったホンダのインターナビで津波警報情報を送ったものの、輻輳に加えて通信基地局もダメージを受けていて被災者にうまく届かず、「救える命があったのではないか」という思いがあった。それが、モビリティ向けデジタルラジオ放送創設への大きな原動力となったと語っている。

 「通信会社さんも大都市においては手当てをされているが、先ごろの熊本の地震や、九州北部豪雨のときも輻輳が発生し、何日か電波が使えなくなったところがある。ラジオ放送はそれに比べて、かなり堅牢なサービスで、しかもパケット詰まりなく一度に送信できるので、そこが強み」

 現時点ではこのデジタル放送波で全国を網羅できているわけではないが、既に世帯カバー率では50%に達し、カバーエリアも広がっているところだという。

自動運転の地図更新やOTAアップデートにも

 また今後は、現在各社で開発が進んでいる自動運転に向けても有効な技術になると今井氏はみている。自動運転が本格的に始まると、3次元高精細地図(ダイナミックマップ)の頻繁な更新や、通信を使ったOTA(オーバー・ジ・エア)でのファームウェアアップデートは重要技術になってくるが、こうした部分にセキュアで堅牢な放送波を使うことは有効だと考えている。

 「帯域としてはそれほど大きな容量は送れないが、放送波は降らすだけで上りがなく、サイバーアタックされない安全な環境。そのため、例えば通信でファームウェア・プログラムの主要部分を先に車に送っておき、最後の鍵となる部分だけを放送波でパッと降らすなど、うまい使い方があると思う。地図更新も大きなデータを送るのではなく、快適に音楽を聴いてもらいながら、新しくなったところの差分をデータとして送る、といったことができる。実は東京タワーの電波を使って既に地図の差分更新の実験は行っている」

 現在、AmanekチャンネルはスマートフォンでAmanekとi-dio、TS Oneの3つのアプリを使って聞くことができ、スマホをBluetoothで車載器につなげて聞く方法が主流。アプリダウンロード数は計13万で、1カ月に1回以上聞くアクティブユーザーは3割になる。市販のカーナビや自動車メーカーの純正ナビの中にもプレインストールしてもらう活動をしていて、2021年に視聴可能台数900万台を目指しているという。

データを流通させる配信プラットフォームに

 ビジネスモデルとしては、番組のCMとスポンサーシップが中心だ。その一方で、今井氏は放送と同期して配信できる、様々な情報や位置情報、URL、クーポンなどといったデータをうまく流通させる仕組みを生み出すことで、各社が自社の放送局としてAmanekの配信プラットフォームを活用できる取り組みも進めている。

 今年に入って、番組内で紹介するドライブ・観光情報に合わせて、その紹介スポットの位置座標データを放送波に乗せて配信し、デンソーのアプリNaviConと連動させてカーナビに簡単に目的地設定できる仕組みをつくった。また、自治体やコミュニティFMと連携した「逢いに行くラジオ」プロジェクトでは、GPSと1kmメッシュ単位のデータ放送技術を活用し、走っている車がある店舗に近づいた際にその店舗で使えるクーポンを配信したり、近くのガソリンスタンドのクーポンを配信したりするサービスも実際に始めている。

 Amanekでは個人情報を特定しない形で進めるが、今井氏はかなり大きなデータを流通する仕組みを作り出せると考えているようだ。「例えば大型ショッピングセンターが持っているアプリとAmanekアプリを連動しておけば、電子チラシになる。Amanekでは個人情報を特定しなくてもよく、クーポンはお店に行って見せれば顧客情報が分かるため、個人情報はそれぞれの事業者側で管理してもらい、Amanekはそれを配信し、いわば配信プラットフォーム利用料をもらうという形にしたい。放送を広く、あまねくみんなに使ってもらいたいと思っている」と話す。

従来にない業務用車両テレマティクス

 音楽に関しても一般的なラジオ放送のように流されているだけでなく、自分が気に入った曲をクリッピングする仕組みを基に車の中の音楽体験をパーソナライズ化できる形を検討中。また、データ放送を活用し、業務用車両などに向けた、従来になかった「耳から聞く案内」のようなテレマティクスサービスも意図している。

 「例えば、自社のドライバーに管理者が業務連絡をする場合、放送を使ってラジオから伝える事ができる。もちろんスマホにメールしてもよいが、車を運転しているとスマホは触れない。そこでAmanekの業務車両用アプリをダウンロードしておいてもらい、耳から聞こえるラジオ、といった形で、“もうすぐ帰ってきてくださいね”、“事故気を付けてくださいね”とか、“こっちに行き先を変更してください”などと、メッセージ放送ができる。安全にも寄与できるし、事業者として配車管理にも役立てることができる」

コミュニティや地域のコミュニケーション・ハブに

 さらに、アマネクでは、リスナーと距離が近いラジオ放送の特徴やタイアップした特別番組編成、および音楽・位置情報・データ通信などテクノロジー要素をミックスすることで、モビリティにおける特定のコミュニティや地域活性化におけるコミュニケーション・ハブとしての可能性を広げようとしている。

 今年6月からは、スバルファンの集うスバル公認WEBコミュニティ「#スバコミ」と連携し、毎月第1土曜日に特別番組を放送。内容は#スバコミのオフ会模様や、スバルオーナーのインタビュー、スバルオーナーのおすすめのドライブミュージックやドライブスポットを軸に構成していて、音楽ゆかりの地の位置情報を送るサービス「Musicジオ」とも連動させている。

 「今まで自動車メーカーは主にマス広告でなければプロモーションが難しかった。自動車メーカーのアプリもあるが、使われない機能も多く、現在のカーオーナーに対してもメールのような手段でしかコミュニケーションできなかった。この新しいメディアを使えば従来できなかった新しい形のコミュニケーションができる。今、それをこのAmanekのプラットフォームを使って作り上げていこう、という企業さんも増えてきている」と今井氏はいう。

地域の声を広げ、ドライブを誘い出す

 8月からはYahoo! JAPANが運営する「東北エールマーケット」と連携した「逢いに行くラジオ東北」の放送も開始。「逢いに行くラジオ」は、リスナーがそこに“逢いに行きたくなる"が番組制作のコンセプト。東北エールマーケットの商品ページURLや、ドライブの目的地(位置情報)などのデータ放送をはじめ、放送発のIoT体験をドライバーに提供するなど、東北地方へのドライブを誘い出すような内容となっている。

 今井氏とともにプロジェクトをリードする代表取締役副社長、庄司明弘氏はこう話す。「ラジオにはリスナーが主役という考え方が根強くある。そのラジオの基本にのっとり、位置情報などテクノロジーをプラスすれば、新しいラジオの形ができるはず。インターネットで調べても出てこないような、食べログに載っていないようなものが、地域の皆さんの言葉から出てきたら最高だと思う。新しいドライブコースを作ったり、新しいドライブスポットを紹介したり、地域の方の声をもっと広げるようなことができれば」

“技術は人の為に”

 アマネクでは今、いわば放送とコネクティビティを活用してできる新しいコミュニティ形成、その可能性を押し広げているところだといえる。インタビューの最後、今井氏に、いま自動車・モビリティ業界で尽力する方々に何か伝えたいことはないだろうか、と尋ねてみた。今井氏はしばらく考えて、こう話した。

 「やっぱり、お客さまにとって価値あるサービスを作っていくことが大事なんだろうなと思う。お客さまにとって価値ある技術、とか、そういったことなのでしょうね。僕はずっとホンダにいたけれど、本田宗一郎の語録で、“技術は人の為に”っていう言葉があって、そこはいつも大事な言葉だなって思う」

 

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